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複雑系経済学フォーラム
[2003年3月記]
中央大学多摩キャンパスは文系学部主体のキャンパスであるが、文理融合研究チームが活動して、経済物理と複雑系科学研究に関与している。中央大学においても JAFEE2000(進化経済学会第4回年次大会併設の国際会議。2000年3月25-26日、中央大学駿河台記念館)、CS02開催(第6回複雑系国際会議The 6th International Conference on Complex Systems: Complexity with Agent-based Modeling。2002年9月9日-11日中央大学多摩キャンパス2号館。)などが開催されている。 またNikkei Econophysics Workshop and Symposium 高安秀樹博士がジェネレータとなり、E, Stanley等が国際的に組織化した会議が I, Nov. 2000, II Nov. 2003の計2回開催された。URLはhttp://web.nikkei-r.co.jp/sae/japanese/gaiyo.htmである。さらに、複雑系コンソーシアムThe PhD program on “Development and Complex Dynamics in Economics “がProf. Mauro Gallegati(University of Ancona, Italy)により運営され、2002年10月よりスタートした。中央大学からも参加が予定されている。
国際会議WEHIA開催
WEHIAはWorkshop for Economics and Heterogeneous Interactiong Agentsの略称であり、第7回WEHIAは2002年5月イタリア・トリエステで開催されたが、第8回WEHIAは2003年5月ドイツ・キールで開催予定である。また第9回WEHIAは2004年5月日本開催が決定された。2003年5月のWEHIA2003のURLはhttp://www.bwl.uni-kiel.de/vwlinstitute/gwrp/wehia/home.htmである。第9回は2004年5月に日本開催決定。
WEHIAのScientific CommitteeはProf. Masanao Aoki(UCLA)等によって組織化されている。上記国際会議の参加者とWEHIAの参加者は重複しており、現在、経済学における複雑系研究の一大グループを形成しつつある。また、これらの会議でつねに経済物理econophysicsは主要課題の一つとなっている。
経済学方法論の根本問題
考察
経済学方法論でマクロ経済学とミクロ経済学の相互関係が認識論上適切に捉えられるようになったのはきわめて最近のことである。たとえば、Prof. Kevin Hoover(University of California, Davis)は以下の論点をきわめて心得ている。Prof. Wolfgang Weidlich(Stuttgart)も同一の論点を指摘している。 物理学では、粒子の性質を集団場なしに議論することはしない。どんなミクロ個体でもマクロレベルの状態を抜きに特定化することはできないはずである。ところが、最適計画論にこだわる経済学は、20世紀を通じて、ミクロ的仮定がいかなるマクロ状態でも不変に保たれるという信仰を捨て去ろうとしなかった。この信仰がマクロ経済学に与える影響は甚大である。なぜなら、ミクロ的性質の単純平均がマクロ的性質であると規定されてしまうからである。実際、現在、米国のマクロ経済学の多くはダイナミックプログラミングの一種の分科になってしまった。全体の7-8割を占める「大きな群れ」を代表元にとるというのは、実は、経済学に欠けていた見方である。この見方を確率論的に正しく証明したのがProf. Masanao Aokiである。彼の研究は、樹グラフの理論から、大きな群れが確率的に「自然に」形成されること、その群れにマクロの特性が発現すること、これらを経済モデルで可能にする研究であり、最近では、2002 Center of Japan-U.S. Economics and Finance Research Award, New York University を受賞している。
Hollandは免疫系に強い興味を示している。繰り返しがあるが、繰り返しは系の変質を生み出している。この認識がなければ、ガンの転移など研究は進まない。これは市場でも同じで、いったん発生した独占を除去しても、前と同じ状態に戻らないことを意味する。time-invariantでない臨界状態の考えが必要である。そのため、規制緩和策はたえず独占的集中を生み出してきた。こうした認識は、Prof. Masanao Aokiがさかんに強調するEwens, Pittmanの議論、つまり、未知のエージェント、未知パラメータを考慮する分布の導入につながる。これはベイズの世界では扱えない世界である。 一方、Multi-armed bandit理論(スロットマシン選択問題)はHollandがさかんに強調する問題でArthurも影響を受けているが、これはベイズの定理の世界である。損失最小化の理論であり従来の経済学を越えた分析ではあるが、Prof. Masanao Aokiはこれをはるかに越えた世界を詳細に定式化を構築した。
Dr. Hideki Takayasuはフラクタル専門家であり、のちにエコノフィジックスの新領域を開拓した。フラクタルは曼荼羅の科学であり、視覚的には東洋的美術に通じる。複雑系科学で活躍する独創的科学者として、塩沢由典教授(大阪市立大学・進化経済学会次期会長)や清水博教授(東京大学名誉教授)がいる。清水博教授は「場の論理」から「関係子概念」を提案し、バイオホロニックコンピュータの設計に関与した。清水博著『生命知としての場の論理』(中公新書1333)は、場の論理が「柳生新陰流の奥義」につながることを示した。 複雑系研究には日本的な源泉がある。
W. Brian Arthur著『収益逓増と経路依存-複雑系の経済学-』(多賀出版、2003年1月)の原著者序文では、アーサーはつぎのように書いた。
本書が日本語版として公刊されることはまことにふさわしい。日本はいうまでもなくハイテク技術でも国際貿易で重要な役割でもリーダーとなっている。そのこと自体が収益逓増機構が日本経済で重要になっていることを意味するのである。しかし、日本人の思考は、西洋人の思考と較べれば、パターンの形成、事物が形成されながら変わっていくこと、世界がつねに移転していくことをつねに強調してきた。これこそ収益逓増という思考の背後に必要な洞察力なのである。日本はまた何十年にもわたってビジネスと計画で稼得した有利さを用いていっそう有利を増す重要性を理解してきた。そして、無神経で狂信的なやり方ではなく、それらが展開していく様、それらのフローを観察して適切に反応する必要が理解している。本書のアイディアは日本では自然なものであると著者は考えている。したがって、著者はすでにある考えに形式的な表現式を提供することになろう。日本の読者にとって良い内容であることを願っている。2002年9月19日ブライアン・アーサー(サンタフェ研究所シティバンクプロフェッサー)
U-martシステムとその特徴
人工知能テストベッド提供とコンピュータサイエンス
米国コンピュータサイエンスの父John Hollandは、適応が複雑さを急増させることを看取した。人間を含む生命世界の選択は、多くの場合、最適選択ではなく、適応戦略に基づいている。適応戦略の研究にはコンピュータは不可欠の道具である。
U-mart研究会
日本の進化経済学会は最適戦略接近を採用しないが、欧米の進化経済学会とは異なり、たんなる制度学派の集まりでない。複雑系科学を積極的に推進する。このために、コンピュータシミュレーションを重要な解析手段として位置づけている。殊に、U-mart研究会は進化経済学会次期会長・塩沢由典教授が提唱し組織化したものである。現在、U-mart研究会は先物株式取引市場シミュレータを製作し、ネットワーク上で仮想人工知能市場を実現し株売買のシミュレーションを行うことができる。これはすでに東大、京大、東工大などでプログラム演習などの授業に取り入れられる一方、マシンエージェント、ヒューマンエージェントいずれかの参加による経済学のロボカップとして教育イベント事業としても展開されている。2002年6月Carnegie-Mellon大学でU-martコンペも実現した。
U-mart研究会のURLはhttp://www.u-mart.org/html/index-j.htmlである。
経済物理における人工知能市場シミュレータの利用可能性
現実の証券市場の板寄せを採用して約定を行うU-mart市場は、マシン、ヒューマンのいかなるエージェントも受け入れることができる。これは歴史的な外乱から隔離できる「人工市場」の実現可能を示唆する。このとき、U-martから取り出せる約定数量、不約定数量を、経済物理的接近による数値解析に利用することが可能である。人工知能市場の利用と経済物理的接近の組み合わせは、つまり、経済物理のテストベッドとしてU-martを使用することは経済学研究に画期的研究方法を導入することになるであろう。為替市場でも人工市場は可能なはずである。
社会ゲームにおける人工知能使用の可能性
U-martのプログラミングのほか、より一般的なマルチエージェントシステムの設計をつうじて数々の社会ゲーム実験を重ねてきている。ケインズが指摘したとおり、株式市場はけっきょくは群集心理に依存している。Majority ruleにしたがうか、Minority ruleにしたがうかなどの人間心理の状態と社会的与件(環境)との解析もコンピュータサイエンスの一種である。
社会心理学の利用可能性
社会ゲームとして著名なゲームは「囚人のディレンマ」である。しかし、囚人のディレンマゲームに多数の解が発現することを示したのは心理学が最初である。意思決定には階層性があり、ゲームの繰り返しは、階層を深化させ、そのたびごとに適応戦略は複雑な状況に適応できるものにならなくてはならない。
複雑系経済学フォーラムの提案
われわれは経済物理的接近とマクロ経済学の再検討を研究課題として複雑系科学に接近する。とくに「代表的経済エージェント」の方法を捨て、エージェントの異質性と相互作用を考慮し、経験的に立証可能なモデル構築と検証を目指す。主題研究は経済学、とくにマクロ経済学における基本的枠組みの置き換えを出発点として、市場研究パラダイムの変革を目指す。そのため、この分野で国際的に名実ともに最先端研究者であるProf. Masanao Aokiを中枢として、フォーラムを展開する。