有賀裕二
トンデモ本の作者の名前を騙られてから三年ほど経った。私の名前を騙った本はその筋で有名らしい。これまで自分一人の胸に収めていたのだが、次第に同僚、学生などから確認されるようになった。私のような著述を営む者にとってこれは大変不幸なことである。この件にかんして私の感想を述べておきたい。このような目にあった者でないとおそらくこの不幸は実感できないかもしれない。信心があってはじめて忍耐できることなので論題を「法華経と私」にした。私は法華経の信者である。十五年程前から日々、如来寿量品第十六、神力品第二十一を読誦している。しかし、法華経信仰をいっそう強めることになったのは、六年ほど前にたまたま図書館で岡田資著『毒箭』を見つけてからである。岡田さんは法華経を身をもって実践された方である。この人の存在を知って、私は本当に人間存在の意味を知ることができた。『毒箭』は一般の図書館ではなかなか手にいれることはできないが、『レイテ戦記』の著者である大岡昇平が晩年に『ながい旅』(大岡昇平全集第10巻所収、筑摩書房刊、新潮社版は絶版)を著し岡田資氏を詳細に紹介された。浅沼萬理氏(故人、元・京大経済学部教授)はかつてある経済誌上で『レイテ戦記』を「学生に送る書」として推薦した。私は爾来、毎年、学生に『レイテ戦記』を読むことを薦めている。私は大岡昇平を大変尊敬しているが、この大岡が最後に書かねばならなかった人物が岡田資であることを知って大変満足している。
陸軍中将・岡田資(おかだ たすく)は東海方面軍司令官として太平洋戦争末期に生じた捕虜処刑事件の責任を問われ、「昭和二十三年五月、B級戦犯として、横浜の連合軍軍事裁判所で絞首刑の判決を受けた。」(大岡昇平著『ながい旅』より。)享年は昭和二十四年九月十七日である。ぜひ大岡の『ながい旅』をお読みになっていただきたい。最後は、米国人主任弁護士はもとより米国人担当検事まで助命嘆願に尽力された。要をもって言えば、「部下の過失を一身に引き受け、戦犯という名の下に、遂に巣鴨で処刑されたのであるが、心境は平和、清純で、環境に左右されない白蓮華のそれであった。」(岡田資著『毒箭』久保田正文「序に代えて」)
私は岡田さんを供養するばかりでない。今年も、JR新大久保駅の捨身による菩薩行をされた李さん、関根さんに寄付をせずにはいられないかった。私が毎年、知覧の特攻平和記念館に寄付するのもみな高潔さを供養するためである。私が何よりも驚いたことは「ものの考え方」が岡田さんの考え方にちょっと似ているということであった。岡田さんの日記を知ればわかるとおり、岡田さんは不正な心で何かを主張することはしないのである。以下で私が直面した災難の一つ「トンデモ本の作者を騙られたこと」に触れるが、私は独断的に凶悪犯罪をなにか「外国機関?やフリーメーソン?」の陰謀だと決めつける奇怪な文章を書いたことなど一切ない。私は文章文体を大切にしている。奇怪な作文は私の性に合わない。岡田さんの裁判のときでも、大岡昇平が克明に論証したとおり、一番問題があったのは検察側に立つ日本人証人の方であった。まず日本人自身が反省すべきことが多いのに、事あるごとに外国のせいや陰謀のせいにしたがるのはきわめて遺憾である。私の名前を騙ったトンデモ本も日本の出版社から公刊された。
有賀の読み方はふつう「ありがAriga」である。しかし、私は成人して以来、苗字にかんして有賀の三代前の読み方、「あるかAruka」(九州小倉藩での呼び方)にしている。しかし、1997年、この振り仮名を逆手にとって、
‘有賀裕二’著『悪魔が日本を嘲笑っている』という本が出版された。出版月は1997年8月となっているが, 私の前に突然ある学生がこの本をもって現れた。この本はオウムの教祖を賞賛したり、歴史的事件をGHQの陰謀、最近の凶悪事件をフリーメーソンの陰謀や創価学会のせいにしたりした支離滅裂な本であるが、この「著者」は自ら私と同じ「研究者」であると断って本を書いている。明らかに私の名前を騙っている。ところが、本の奥付にはAriga Yujiと記してあった。さらに、裕二の「ニ」を「士」と置き換え、1998年「有賀裕士」の名でもトンデモ本が発行された。そして「トンデモ本学会(ト学会)」などで<有賀裕二著のトンデモ本>がしばしば引用されるようになり、いまでもインターネット上にときどき顔を出す。誰がどういう目的でこのような名誉毀損を行ったのかはわからない。きわめて遺憾なことはいまの市民社会では対抗策がないことであった。
私は出世時より奇想天外なことに遭遇し、人がまず経験しないようないろいろ稀な災難にあってきた。こうした災難の一つとして、自分の名前が勝手に使用されたことも判明しているだけで数回に及ぶ。トンデモ本の件が初めてではない。しかし、これすらも私の蒙った災難からすればほんの一部にすぎない。こうした私の履歴のせいで、人が度を失うようなことでもそれほど気にかからない。これが今の私にとって幸いしているのはなんとも皮肉な話である。人の世の冷たさをしばしば味わってきたので、私は、岡田さんのような人間が存在し得たことを「十界」のなかの「人の世」に生まれた者として誇りに思うのである。もっとも自分にはこのような真似は到底できないとしても。
その後、個人的に大きな非難が持ち寄せられたことはなかった。しかし、インターネット上で「有賀裕二」の個人検索をすればかならず私の数点の学術書と一緒にこの「トンデモ本」が同席することになる。この件について同僚から確認されたこともあった。「トンデモ本」を実名で出版する人などいないと想像することはできても、私が「トンデモ本」の作者と勘違いする人も中にはいるであろう。次第にこうした人が増えてきた。いままでこの件について沈黙してきたが、そろそろ注意を喚起する時期が来たように思われる。
若し復忍辱を行じて調柔の地に住し 設ひ衆の悪来り加ふとも其の心傾動せざらん。諸々の有ゆる得法の者の 増上慢を懐ける斯に軽しめ悩まされん 是の如きをも亦能く忍ばん 若し復勤め精進し志念常に堅固にして無量億劫に於て一心に懈怠せざらん 復無数劫に於て空閑の処に住して若しは坐し若しは経行し睡を除いて常に心を摂めん 是の因縁を以っての故に能く諸の禅定を生じ八十億万劫に安住して心乱れず 此の一心の福を持って 無上道を願求し 我一切智を得て 諸の禅定の際を盡くさんと
『法華経』分別功徳品第十七より